Present is



昼間の熱気がまだ残る夏の夜風が吹き込んできて、イサトは不意に網戸にしてある窓に目をやった。

気が付けば星が出ていた。

持っていたコントローラーを置いて、最近手に入れたばかりのゲーム機の電源を切ると網戸を開けて小さなベランダへ出る。

もう夜中と呼んで差し支えない時間なのに、外は街の光で仄明るかった。

イサトの今住んでいる一人暮らし用のワンルームマンションの他の階にも起きている奴がいるのか、電気がついている部屋もある。

なま暖かい風に頬を撫でられて、イサトはふと可笑しくなった。

(こんな明るい夜なんて知らなかったのにな。)

イサトが生まれ、そして育ったあの場所の夜は常に闇が深く世界を包んでいた。

あの世界 ―― 京という世界では。

半年前までイサトはそこにいた。

末法の世と言われるほどに荒れた街で僧兵見習いをし、毎日見回りをしては自棄を起こした奴と乱闘になったりする事だって日常茶飯事だった。

半年後にこんな世界に来る事なんて夢にも思っていなかった日々。

自分達の行く先も見えず、不満と怒りばかりを持てあまして暮していた日々。

それがほんの短い間で

京を救って

時空を渡って

こちら側での生活を覚えて

大切な人と共に過ごす日々に変わった。

「・・・・花梨・・・・」

思わず呟いた愛しい名が夏の夜に溶けて、イサトはちぇっと拗ねたように舌打ちをした。

(まずった。声に出したら会いたくなった。)

こちらの世界でのイサトは過去に両親を亡くしていて、現在は一人で暮らしているという設定になっているらしい。

まあ、自分の本当の両親や兄弟達は京にいるから別の親などいたら戸惑うだけだったので、ありがたいといえばありがたいけれど・・・・それでも時折、寂しいと思う。

京にいた頃は家族が多くて、家に帰れば誰かが迎えてくれた。

でもこちらに来てからはがらんとした部屋が無言で迎えてくれるだけで。

そんな一人の部屋で急に訪れる寂しさに最初はかなり悩まされた。

そのたびに体が軋むほど、花梨に会いたくなる。

大切で、自分の育った場所すら飛び出してでも側にいたかった彼女に。

京を後にしたことを後悔しているわけじゃない。

だって寂しいと思った時、会いたいと思う人は花梨だけなのだから。

会いたい・・・・

声が聞きたい・・・・

イサトは洗いざらしのジーンズに無造作に突っ込んでいたシルバーの携帯電話を引っ張り出してみる。

携帯電話には花梨と二人で京都に遊びに行った時に、平安新宮で花梨が爆笑しながら買ってつけた朱雀のストラップがついていて、そんなところでも彼女の影を感じさせる。

そのストラップに指を通して、ぶらぶらとぶら下げてからちらっと部屋の中の時計に目をやった。

シンプルな時計が指し示す時間は11:45。

こっちの若者であれば、起きていてもおかしくない時間のはずなのだがなぜか花梨は寝るのが早い。

この時間だと起きているかかなり怪しい所だ。

それでも携帯電話を持ち上げて短縮を使って花梨の番号を呼び出す。

しばらく悩んでから通話ボタンを押す。

0・9・0・・・・・・

1つづつ表示されていく数字を目で追っていたイサトは、全部の数字が表示されきる前に電話を切った。

不満げに実物よりかなり可愛らしい朱雀のマスコットが揺れる。

それに目をやる事もなく、イサトは夜空に視線を向けた。

都会の空気のせいか、星の光をくってしまう街の灯りのせいか、夜空は紫紺の空間だった。

所々、光る星が少し悲しげに見える。

「・・・・天の川が見てえな。」

満天に流れる星の河を見せたら、花梨はどんな顔をするだろう?

そんな事を考えて、イサトはまたため息をついた。

「くっそ〜・・・・やっぱり会いたい!」

会って、笑いかけてほしい。

抱きしめて驚いた顔が見たい。

ともすれば、今からでもこの部屋を飛び出して花梨の家まで行きたくなる衝動を抑えるようにイサトがぐたっとベランダに座り込んだ。

・・・・その時だった。










〜〜〜〜♪










「わっ!?」

突然鳴りだした携帯電話を危うくイサトは落としそうになった。

急いで持ち直してディスプレイに目をやって・・・・どきっとする。

ディスプレイには『花梨』の文字があったから。

「あ、えっと・・・」

『イサトくん?』

通話ボタンを押すのももどかしく耳に押し当てた携帯から聞こえてくるのは、少しくぐもった、でも聞きたくてしょうがなかった声。

「あ、ああ。こんな時間にどうしたんだ?」

『うん。用事があったんだけど・・・・えーっと、あと30秒待って?』

「は?なんだよ?何かあんのか?」

『うん、と、とにかく30・・・・えっと、あと25秒。』

イサトは首を傾げた。

花梨が何をしたいのか、意図がさっぱりわからない。

「なんなんだよ?」

『だから待ってってば!・・・・・・・』

そう言ったっきり黙り込んでしまう花梨。

「おい?」

一瞬切られたのかと思って問いかけたら花梨の声がちゃんと返ってきた。

『聞いてるよ。あ、あと10秒!9・・・8・・・7・・・・』

「だから」

『5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・・・』











カチッ・・・・と部屋の中の時計の音がして











『イサトくん!お誕生日おめでとう!!』










―― 一瞬、ぽかんとした。

『イサトくん?聞いてる?』

「・・・・聞いてる。」

『あの、前に誕生日の意味は教えたよね。』

「・・・・そいつが生まれた日の事だろ?」

『そう!それで聞いたらイサトくん、7月の31日生まれだって言ってたでしょ?だから、その、一番最初におめでとうって言いたくて・・・・』

だんだんフェードアウトしていく声を聞きながら、イサトは呟いた。

「そのために電話、くれたのか?」

『う、うん。』

「ずっと起きてて?」

『うん・・・・怒った?』

泣きそうに花梨の声が揺れる。

その声に、イサトの中で何かが弾けた。

「馬鹿野郎!!怒るわけあるかよ!すげえ嬉しい!」

『へ、ほ、ホント?』

「当たり前だろ!?嬉しくて、もう限界だからな!!」

『え?え?何が?』

驚いている花梨の声を聞きながらイサトは部屋の中に飛び込むと、机の上に置きっぱなしだった家と自転車の鍵をひっつかんで窓を閉めると、家を飛び出した。

「会いたくてもう限界だって言ってんだ!今から行くから、ちょっと待ってろ。」

『えー!?でももう夜・・・・』

「起きてんだろ?」

『いや、でも明日もあるし・・・・』

「俺の誕生日だろ?」

『そうなんだけど、でも・・・・』

「会いたい。」

『うっ!・・・・その声ずるいよぉ。』

「じゃあ、いいんだろ?」

『・・・・うん、私も会いたい。』

恥ずかしそうに呟かれた花梨の本音に、イサトはちょっとだらしないぐらいに口元をゆるめて笑った。

「よし!決まり。急いでいくから出かけられる支度して待ってろよ。」

『うん!あんまり急いで事故起こさないでね!』

「わかってるって。じゃ、後でな。」

そう言って少し名残惜しげに電話を切って、イサトは携帯をジーンズに押し込むと自転車のスタンドを勢いよく上げた。

そして地面を思いっきり蹴るとスタートを切る。

この自転車の後ろに花梨を乗せて、天の川を見に行こう。

きっと花梨は天の川を見てとびきりの笑顔を見せてくれるだろうから。

もうすぐ会える、その笑顔目指してイサトは自転車を風に乗せた。

―― ポケットからはみ出した朱雀のマスコットがひやかすように小さく揺れた・・・・










―― 二人で最初にすごす誕生日の贈り物は、一緒に過ごす時間 ――















                                    〜 終 〜